一万人の戦国武将

足利将軍家(あしかがしょうぐんけ)

足利将軍家は足利家の嫡流である。1336年に足利尊氏(北朝)は、「建武式目」を発布して武家政権(室町幕府)の成立を宣言するが、後醍醐上皇は吉野朝廷(南朝)を成立させて対抗した。1392年、3代目の足利義満の時に南北朝合一がなされ全盛期を迎える。1441年、嘉吉の乱によって6代目の足利義教が謀殺されると足利将軍家の権威は著しく低下した。

家系図

足利将軍家