一万人の戦国武将

甲尾同盟
(こうびどうめい)

別名
年月日 1565年11月13日~1572年
場所 甲斐国と尾張国
参加武将 武田晴信
武田勝頼
織田信長
織田信忠
結果 武田晴信と織田信長の同盟が成立。

背景

1560年 今川義元が桶狭間で織田信長に敗死して以来、今川家の支配力は低下した。武田晴信は駿河国・遠江国の今川領を三河国の徳川家康に奪われる危機感を抱くようになり、今川家との同盟を破棄して南進を画策した。今川義元の娘を妻にしている武田晴信の嫡男の武田義信は強く反対した。武田晴信は武田義信に謀反の嫌疑をかけて幽閉した。
1565年
3月27日
武田晴信は本願寺顕如と軍事同盟を結んだ。武田晴信は南進にあたって越後国の上杉輝虎を牽制するために、越中一向一揆を上杉輝虎と戦わせようとした。

戦いの経緯

1565年
11月13日
武田晴信の4男の武田勝頼と織田信長の養女(美濃国苗木城主の遠山友勝の娘で織田信長の姪)が結婚した。これにより武田家と織田家の同盟が成立した(甲尾同盟)。
1567年 武田勝頼の婦人は男子を生んだが、ほどなく死亡した。同盟継続を望む武田晴信と織田信長は織田信長の嫡男の織田信忠と武田晴信の娘の松姫(信松院)の婚約を整えた。
1572年 武田晴信と織田信長の関係悪化によって織田信忠と松姫の婚約は解消され、同盟は破棄された。

備考

参考文献 クロニック 戦国全史(講談社)1995年発行