一万人の戦国武将

大祥院に朱印状
(だいしょういんにしゅいんじょう)

別名
年月日 1572年8月6日
場所 磐城国田村荘蒲倉の大祥院
参加武将 織田信長
田村隆顕
結果 織田信長の朱印状によって大祥院は塩松の熊野参詣者を独占管轄する先達職を追認された。

背景

1568年 磐城国三春城主の田村隆顕は、塩松の領主の石橋家を滅亡させた。田村家配下の修験で、田村領の熊野先達職だった大祥院は、田村家が塩松を掌握したのにともなって、塩松住人の先達職を獲得した。

経緯

1572年
8月6日
織田信長は磐城国田村荘蒲倉の大祥院に塩松の熊野参詣者を独占管轄する先達職を安堵する朱印状を発給した。織田信長の朱印状はこれを追認するものだった。田村家配下の大祥院が、織田信長から直接朱印状を得ることができたのは、幕府の使いとして京都と奥州を頻繁に往来していた豪商の坂東屋富松の働きによるものだった。伊達稙宗をはじめ奥州庶家の叙位任官の仲介をしたのも坂東屋で、見返りに鷹や馬などを得て商売をし、奥州からの社寺参詣者の宿も営んでいた。

備考

参考文献 クロニック 戦国全史(講談社)1995年発行