一万人の戦国武将

小堤城(おんづみじょう)

別名 小堤要害城
所在地 上総国武射郡小堤
千葉県山武郡横芝光町小堤
築城主 千葉家
築城年月日 1350年以降
廃城年月日
城主 三谷家
三谷胤煕
三谷胤重
城代
構造

年表

1350年
以降
坂田城の支城として千葉家が築城したとされる。
1455年
9月7日
原胤房に追われた千葉胤賢が小堤城で自刃した。
1520年頃 坂田城主の三谷胤興の子の三谷胤煕が小堤城を改築し、城主となる。
1555年
閏10月18日
坂田城主の三谷胤興が武射郡の名刺金光寺に参詣の際、井田友胤に攻められて討死した(宝島野合戦)とされ、小堤城の三谷家は井田家の被官として組織された。